北海道函館の旅 その2 「修道院」編 トラピスチヌ修道院2026年06月26日


          大天使聖ミカエル像
 カトリック当別教会を後に次の訪問先函館市にある「トラピスチヌ修道院(函館女子修道院)」を訪れた。当修道院は、1898年にフランスから派遣された8人の修道女によって創立された、日本初の女子修道院である。 正式名称は「天使の聖母トラピスチヌ修道院」。厳律シトー会に属する修道女は祈り、労働、聖なる読書の3本柱を日課に共同生活を送っている。3時半の起床から、労働8時間、祈り8時間。19時45分の就寝(静養)という時間割で、日々規則正しく聖務に励んでいる。修道院内部は一般公開されていないが、前庭や資料室、売店を見学できる。赤レンガの建物や美しい並木道、静かな庭園は函館を代表する観光スポットとして知られている。

 修道院の入り口には冒頭の「大天使聖ミカエル像」が出迎える。第二次世界大戦の最中、修道院の大院長セシリア平田は修道院の将来を案じ、大天使ミカエルの助けを願った。その上、修道院が爆撃されなければ、お礼の印として、その像を飾る請願まで立てた。昭和28年(1953)この請願に応えてフランスからこの像が贈られたといわれている。聖ミカエルとは、神の軍勢を率いる天使、悪に打ち勝つ守護者、信仰を守る戦士として知られている。

悲しみの聖母マリア像

 直進すると、真っ白い大きな「悲しみの聖母像」がある。両手をひらいて人々を迎えいれる姿が聖母マリアの悲しみの心を表し、「悲しみの聖母マリア」と呼ばれている。

          司祭館と聖堂

 さらに進むと、司祭館と聖堂がある。左側の建物は司祭館で右側の丸みを帯びた建物分が、この修道院の中心的な場所である聖堂である。塀の向こう側は一般に開放されていない。修道女の聖なる祈りと生活の場となっている。

誤解される聖像:テレジア

 修道院を訪ねる観光客は、必ずといっていいくらい真っ白で大きな修道女の像をバックにして、マリア様の姿かと思い記念撮影する。像の奥にある説明プレートによると、別の修道会「カルメル会」の幼きイエズスの「テレジア」という聖人像である。この像の由来は、世界を歩いていたマテオ神父が来函され、修道院が気に入ったせいか、フランスに帰国後昭和11年(1936)寄贈された。 

 さらに進むと、この修道院にも当別のトラピスト修道院にあった「ルルドの聖母」があった。

          ルルドの聖母マリア
 付近には資料館兼売店がある。資料館の中央には一番目立つ大聖堂の中央祭壇がある。どいうわけか、北京から戦前の昭和初期に送られてきたといわれている。1968年までこの修道院聖堂で毎日ミサのために使用されてたとのことである。

北京から贈られた祭壇

 1人1人の天使の名前が面白い。向かって左の天使はアモール(愛)それからラオス(讃美)、ユビラシュ(喜び)、コンプラセンシャ(福楽)となっており、中央には聖体を掲げるキリストの像がある。売店には修道院産の「トラピスチヌバター飴」などが販売されている。

さらに出口方面に向かうと「旅人の聖堂」という建物がある。案内によると、「修道院を訪れてお祈りをなさりたい方のために、二千年の大聖年を記念して建てられたと」とのこと。

            旅人の聖堂案内版

旅人の聖堂

 早速入ってみると、小さな礼拝堂。退職して17年久しぶりの礼拝、厳かな気分に浸った。今回の4日間の旅、いずれも快晴に恵まれ感謝をこめてお祈りした。

 今回の旅は、函館の教会・修道院をテーマに紹介したが、締めくくりとして函館山から見た世界的にも有名な「函館の夜景」をお届けして終わります。

 最後に函館の夜景に相応しいFMラジオ番組「ジェットストーリーム」のテーマミュジックでもお馴染みの「ミスター・ロンリー」世界を代表するイージーリスニング・オーケストラ「カラベリ」の華麗で魅惑的な演奏をお楽しみ下さい。

          Mr.Lonely: Caravelli


北海道函館の旅 その2 「修道院」編 当別トラピスト2026年06月26日


          当別トラピスト
 前回の「教会」に続き今回は、「当別トラピスト大修道院」と「トラピスチヌ修道院(函館女子修道院)」について紹介する。最初に「当別トラピスト大修道院」について紹介。

 当別トラピスト修道院は、函館近郊の北斗市にある男子トラピスト修道院で、1896年(明治29年)にフランスから来日した修道士たちによって創設された。正式名称は「厳津シトー会灯台の聖母トラピスト大修道院」で、修道士たちは「祈れ、働け」をモットーに、祈りと労働を中心とした共同生活を続けている。毎日の生活は3時半の起床から始まり、1日7回の共同の祈り、個人の念祷、神のことばを味わう聖なる読書、労働、共同体集会などの間を均衡を保ちながら移行し、夜8時に聖母マリアへのサルベ・レジナ(キリスト教聖歌)を歌って一日を終える共住修道生活。フランスシトー修道会並みの戒律に基づいた生活である。

 修道院は函館湾を望む丘の上にあり、一直線に続く並木道や赤レンガ造りの建物が美しい景観をつくりだしている。

 現在も修道院内部への立ち入りは制限されているが、周辺の散策や売店の利用が可能である。特に、売店のソフトクリームは絶品である。その他北海道土産として有名なトラピストバターやトラピストクッキーの製造でも知られ、道南の酪農や乳製品づくりの発展にも大きく貢献した。

中世から続くフランスのシトー会修道院の伝統製法による発酵バター

トラピストバターと風味豊かなバターミルクがたっぷり入ったクッキー

 売店から登った正門の両側には、修道院の歴史を解説した展示室がある。

そこには、修道士の暮らしぶりや修道院で作るバター、童謡の「赤トンボ」や「野薔薇」の作詞者として知られる三木露風とトラピスト修道院のつながりについて、詳しく紹介されている。

 三木露風は1920年(大正9年)修道院長ジェラール・プウイエ師(のちの岡田普理衛)の招きで、当別トラピスト修道院の日本文学講師に就任。約4年間にわたり、修道士志願者たちに国文学・作文・美学などを教えた。露風は修道院での生活を通じてカトリック信仰に深く触れ、1922年(大正11年)の復活祭で夫人と共に洗礼を受けている。

 修道院での静寂な生活や自然環境が露風の創作に大きな影響を与え、修道院滞在中に詩集「良心」を執筆。また、代表作として知られる童謡「赤とんぼ」や「野ばら」がこの時期、この地との関わりの中で生まれたと言われている。トラピスト修道院の駐車場前の庭園には詩碑がある。詩碑には「日は輝やかに 沈黙し 時はおもむろに 移り行けり美しき地上の 断片の如く我命は 光の中に いきづく」と記されている。

            三木露風詩碑

 修道院の正面左の坂道を登ると、事前申し込んだ男性に限られ、それも決められた時間に少人数限定で入門できる。さらに、奥に進むと前回の「教会編」で紹介した「ルルドの聖母マリア」の案内板がある。案内板には、車両禁止、徒歩で約 20分。熊、ハチに注意と表示されていた。私は、今年スズメバチに刺されたこと、作並で熊に遭遇したこともあり見ることを断念した。

 売店前の駐車場にもどると、付近に「当別カトリック教会」があり地元では「リタ教会」と呼ばれている。司式には修道院の神父によって行われるが、女子禁制ではなく、毎日曜日の朝行われるミサには誰もが参加できるとのことであった。

カトリック当別教会

 「トラピスチヌ修道院(函館女子修道院)」に続く。



北海道函館の旅 その1「教会」編2026年06月23日


           函館山から見た函館市内
 6月17日から20日まで函館を訪れた。函館市は、北海道南部に位置する港町で、異国あふれる街並みと豊かな自然、美しい夜景で知られている。江戸時代末期に開港した歴史を持ち、日本と海外の文化が融合した独特の景観が魅力である。

 市内には、元町地区の坂道や教会群、歴史的建造物が点在し、散策するだけでも港町ならでの風情を楽しめる。函館山から望む夜景は世界的にも評価され、海に囲まれた地形が織りなす光景は訪れる人々を魅了する。今回は函館の「教会」および「修道院」について紹介する。

 元町に向かって、まず右側に「カトリック元町教会」がある。

カトリック元町教会正面

 カトリック元町教会は、異国情緒あふれる函館の街並みを代表する歴史的建造物の一つである。その起源は1859年の函館開港後にさかのぼり、1860年にフランス人宣教師によって最初の聖堂が建てられた。しかし、1907年の函館大火で焼失。現在の建物は1924年に再建された。教会はロマネスク様式を基調とした美しい外観を持ち、高さ33メートルの鐘塔が特徴である。徳川幕府が発布していたキリシタン禁教令が廃止されるのに先駆け、キリスト教宣教再開の象徴として、横浜、長崎に建立するカトリック教会と並び国内で最も古い歴史のある建物である。

 内部にはステントグラスが配置され、厳かで落ち着いた雰囲気が広がっている。祭壇はローマ教皇から贈られたものとされ、教会の貴重な文化財となっている。写真撮影は禁止であるが、訪れた人には内部紹介パンフのQRコードを読み取り「元町教会と祭壇の説明(レタブルムの説明)」を詳細に見ることができる。

 教会を訪ねる観光者は、聖堂の裏にある大切な遺跡があることに気がつかないことが多いが、ここには「ルルドの聖母」がある。

          元町教会の「ルルドの聖母」
 行ってみると洞窟があり、その上に高さ1.5メートルの聖母マリア像が飾られている。これが「ルルドの洞窟」と呼ばれ、安政5年(1858年)2月11日、ピレネー山脈のルルドという村の聖母マリアの出現を記念するものである。日本の建国記念日との偶然の一致から、ルルドの聖母は日本の教会で人気を集め、あちこちの教会や修道院にルルドの洞窟を飾る習慣が広がったと言われている。元町教会のは明治40年(1907)の大火後に出来た。

 元町カトリック教会を後にさらに進むと「函館聖ヨハネ教会」がある。

函館聖ヨハネ教会

 1874年に英国聖公会の宣教師Wデニングによって伝道が始まり、現在の場所に教会が建ったのは昭和11年(1936)年、当時は木造でノアの箱舟を創造させる形をしていたとのことである。現在の聖堂は1979年に再建された。白い外壁と大きな屋根が特徴的で、海を望む高台に位置するため、周囲の景観とも美しく調和している。教会は日本における聖公会<Holy(聖なる)Catholic(普遍的な)Charch(教会)>の伝統を受け継ぎながら、地域に開かれた礼拝と交流の場として親しまれてきた。内部は落ち着いた雰囲気に包まれ、ステントグラスから差し込む柔らかな光が神聖な空間を演出している。

           函館聖ヨハネ教会内部

 函館ヨハネ教会の隣には「函館ハリスト正教会」がある。

函館ハリスト正教会

 函館ハリスト正教会は、日本最古のロシア正教会である。1860年、初代司祭として来日したニコライ・カサートキン(聖ニコライ)が函館で布教活動を始めたのが起源とされている。

 教会は正式には「復活聖堂」<木造で十字架の形をした聖堂>と呼ばれ、主の復活を記憶して建てられ、国の重要文化財に指定されている。初代聖堂は1907(明治40)年に函館大火で焼失し、1916年に再建された。聖堂は白い壁と緑色のの屋根、大小六つの美しいドームが特徴である。

 鐘の音は「日本の音風景100選」にも選ばれ、「ガンガン寺」の愛称で市民に親しまれてきた。異国情緒あふれる元町地区を代表する建築物で、函館港を見下ろす高台からの風景も魅力である。

 内部には、美しいイコン(聖像画)が装飾され、ロシア正教の伝統と歴史を感じることができる。函館の開港とともに発展した国際交流の歴史を今に伝える貴重な文化遺産であり、教会建築と宗教文化の両面で高い価値を持つ観光名所となっている。内部の写真撮影は禁止なので、教会発行絵葉書で紹介する。

          重要文化財「函館ハリスト正教会 復活聖堂」

 函館元町地区には、カトリック元町教会、聖ヨハネ教会やハリスト正教会が近接しており、異なる宗派の教会が並ぶ独特の景観を形成している。函館の国際交流の歴史やキリスト教文化を伝える重要な存在であり、多くの観光客が訪れる人気のスポットとなっている。

 最後に教会に相応しいバッハの「 Bach's Softly Sunrise」をお届けして終わります。演奏は、1960年代に一世を風靡した「オイゲン・キケロ(Eugen Cicero」クラシックのジャズ化で成功したトリオのエレガントな演奏をお楽しみ下さい。
 演奏は下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=r83QRiD2Lew&list=OLAK5uy_lCbv8CAcUzcpNqS5hVAa3ImlkOIptKIFw

 北海道函館の旅 その2「修道院」編へ続く


春の山野草が我が家の庭で咲きました2026年05月04日


          クリスマスローズ
 北国仙台も春になり、一斉に花が咲き始めた。当地は、仙台市の郊外、昨年末から今年にかけて熊や猪もよく出現する自然豊かな地域である。

 今年も4月からクリスマスローズを始めとして山野草が咲き始めた。「クリスマスローズ」は冬から早春に咲く花で、うつむき加減の上品な姿が人気である。とにかく丈夫で、放置気味でも毎年咲きます。ヨーロッパでは12月頃、クリスマス時期に白い花を咲かせます。そのため、「

Christmas Rose」と呼ばれる様になった。

 カタクリ<ユリ科カタクリ属>

 落葉樹の下で咲く薄紫の花。春の妖精と呼ばれ、開花期間がとても短く開花まで数年かかるのが特徴。高さ15cmほどの茎の先に,径4~5cmもある大輪の紅紫色の花を開く。葉は淡緑色である。

カタクリ

 同じカタクリと名乗るもう一つのカタクリ、「キバナカタクリ」も咲いた。キバナカタクリとは、北米原産のユリ科の多年草(球根植物)である。

カタクリとの違いは、開花時期。カタクリは早春であるが、「キバナカタクリ」は一般に3月末か4月桜が咲く春本番に見ごろを迎える。

          キバナカタクリ

 イチリンソウ<キンポウゲ科イチリンソウ属>

 落葉広葉樹林や山麓の土手に生え、茎葉の間から1本の長い花柄を出し、直径3cm~4cmほどの大輪の花を咲かせる。

イチリンソウ

 ニリンソウ<キンポウゲ科イチリンソウ属>

 山麓の林内や竹林、土手などに生える。茎葉の間から2本の花柄を出し、直径1.5cm~2.5cmほどの花を咲かせる。庭にカタクリやニリンソウが咲き出すと、春が来たと実感させられます。

           ニリンソウ

 イチリンソウ、ニリンソウはカタクリと同じく代表的な春植物の一つである。


 スダヤクシュ<ユキノシタ科スダヤクシュ属>

 深山の樹林下に生える多年草。走出枝を出し、根生葉は心円形で高さ10~25cmで、2~4枚の小さな葉を互生する。白色の小さな花を斜め下向きに数個から25個つける。和名は喘息薬種(ずだやくしゅ)で、長野県では喘息をズタといい、この植物が喘息に効くということで名づけられた。

スダヤクシュ

ヤマシャクヤク<キンポウゲ科ボタン属>

          ヤマシャクヤク蕾

 高さ40~50cmになる多年草。葉は3枚~4枚が互生し、小葉は楕円形または倒卵形で、裏面は毛がなく白色を帯びる。

ヤマシヤクヤク 

ウラシマソウ

 林下などに生える多年草。このグロテスクな形、素手で触るには抵抗がある。和名は「浦島草」。名前の由来は浦島太郎の釣り糸からつけられたと言われている。

          ウラシマソウ

ムサシアブミ<サトイモ科テンナンショウ属>

 ムサシアブミは別名「由跋(ユハツ)」とも呼ばれる多年草。球茎と実に毒があり、花言葉は「意外性」と「大胆」。ユニークな形状と大胆な色使いが、花言葉を象徴している。

ムサシアブミ

ヤマブキソウ<ケシ科クサノオウ属>

 山麓や平地の林下に群生する高さ30~40センチの多年草。和名は山吹草、花がヤマブキに似ていることによる。

           ヤマブキソウ

キランソウ<シソ科キランソウ属>

 人里のいたるところに見られる多年草。全体に縮れた毛が生える。茎は地面をはって広がり、直立しない。「ジゴクノカマノフタ」とも呼ばれる。

キランソウ

ユキモチソウ

 山林の林下に生える多年草。偽茎は15cm~30cm。葉は2枚で鳥足状、3~5枚の小葉がある。仏炎苞は紫褐色、内側は黄白色、外側に白いすじがある。

          ユキモチソウ

 これらの山野草に囲まれしあわせな気分に浸ることができた。

参考文献:山渓カラー名鑑「日本の野草」、山と渓谷社、1991年 ISBN4-635-09016-7


 最後に、花の代表作「SAKURA;桜」をお届けして終わります。演奏は、2023年11月山形県大江町開催のコンサートでサインを頂いた現在You Tubeで大人気のジャズピアニスト「ジェイコブ・コーラー」。

ジェイコブ・コーラーのサイン

 今回は新たに、ボサノバ風にアレンジされた「Sakura Sakura」軽快な演奏をお楽しみ下さい。

演奏は下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=k8Uvisfb6_s&list=RDk8Uvisfb6_s&start_radio=1



福島県立美術館で大ゴッホ展を鑑賞2026年04月11日


 日本でも人気が高い「フィンセント・ファン・ゴッホ」の大展覧会が、神戸市立博物館
(2025年9月20日~2026年2月1日)で開催。福島県立美術館では、2月21日~5月10日まで震災復興の節目などとも連動した文化事業として開催中である。

 東北での開催とあり、4月10日福島県立美術館を訪れた。ゴッホは19世紀後半に活躍したポスト印象派の画家である。強い色彩と大胆な筆致で感情を表現する独自の画風を確立。代表作には「ひまわり」や「星月夜」がある。生前はほとんで評価されなかったが、死後その芸術性が高く評価され、現代美術に大きな影響を与えた。精神的に不安定な一面もあり、その人生は波乱に満ちていた。

 福島で開催されたゴッホ展は、近年の中でも特に大規模で注目されている。

今回はオランダのクレラー・ミュラー美術館のコレクションを中心に構成され、約60点の油彩や素描など展示し、さらにゴッホだけでなく同時代のクロード・モネやオーギュスト・ルノワール作品も展示されていた。見どころは、星空のきらめきと街の温かい光のコントラスト、ゴッホらしい「うねる筆致」強い色彩の『夜のカフェ:フォルム広場』である。実際の場所が現存することで有名である。冒頭のパンフレットにも採用されている。

 さらに、今回写真撮影の許可が認められた5点の作品の中にもあり見学者が殺到していた。
 混雑のため、上手く撮影できなかったが写真を紹介する。
          夜のカフェテラス(フォルム広場)
 その他撮影許可が認められた作品を紹介する。まずは皆さまご存知の自画像である。

自画像

 夜のカフェテラス以外は、撮影者も殺到することなく何とか撮影できた。

 石膏像のある静物 パリ時代の終盤に制作

 レストランの室内

 新印象派の手法をもっとも鮮明にした作品の一つとして知られている。

           草地

 今回初めて写真撮影の許可が得られた貴重な展覧会であった。入場時間制限無しの、最後の日でもあり小雨という条件下で時間を気にせず名画を鑑賞することができた。午後1時以降は混みだし、会場の入場制限が設けられ、会場入り口には長蛇の列が発生していた。土日祝日および4月11日以降は全日日時指定予約制に変更するとのことである。なお、関東圏では5月29日~8月12日まで東京「上野の森美術館」で同展が開催予定である。  

 最後に、音楽評論家 後藤雅洋の「JAZZアート十選」に選ばれた私の大好きなキース・ジャレットの『星影のステラ:Stella By Stalight』をお届けして終わります。ジャケットもお楽しみ下さい。禅画のような奔放なドローイングは、実はフランツ・カフカの1914年から1923年にかけての日記からの採用されと言われている。絵柄は3人の演奏者ピアノの「キース・ジャレット」、ベースの「ゲイリー・ピーコック」、ドラムスの「ジャック・デジョネット」を表している様にも思えるが、漫画の様に連続した状況を描いたいると見えることもできると言われている。現代ジャズピアニストの最高峰といわれるキース・ジャレットのライブ演奏をお楽し下さい。

 演奏は下記URLをクリック願います。       



釣石神社に参拝して海が見える素敵なカフェで昼食を2026年03月15日


 釣石神社は、宮城県石巻市の北上川河口近くにある神社でしめ縄が巻かれ「落ちそうで落ちない石」で有名なパワースポット。

 由来は、山の斜面から突き出た巨大な岩(釣石)である。この岩は今にも落ちそうに見えるのに落ちないため、「試験に落ちない」、「人生で失敗しない」、「困難に負けない」という様な意味で信仰されている。実際この石は、1978年の宮城沖地震、2011年の東日本大震災という大きな地震でも落ちなかった。以来、受験の神様として有名になり、全国から受験生が参拝する様になった。

釣石神社全景

 岩の周囲は約14m、とても不思議なバランスで岩が乗っているのが特徴である。

 神社の見どころは、174段の急な石の階段。途中にある巨大な釣石。合格祈願の絵馬があり、受験シーズンには学生や家族が多数参拝する。

 174段の急な石階段中赤の手すりの10段ほど登った所に青線があるが、3.11大震災の際に浸水した箇所を表している。174段を上り、さらに急勾配の階段を登ると本殿がある。後期高齢者の私、4年前に狭心症のステント手術を受けている。174段を登り切ったものの本殿までの最後の階段で、足腰の痛み感じたがなんとか本殿に辿り着くことができた。今回は「困難に負けない」様に祈願した。

 無事祈願を終え、新しくオープンしたカフェ「北上川テラス七間倉」に。釣石神社から車で約5分。398号線沿いに、北上川から追波湾(おっぱわん)を臨むカフェ・レストランに到着。

 建物は北上川の上流・石巻桃生町から移築した大正4年築の板倉で、国の登録文化財である。梁の見える大きな空間と増築された大きな窓を備えたテラス席が魅力である。シジミやワカメなどの地元産食材を使った料理が味わえる。冬期には「牡蠣フライ」も提供している。ドリンクやデザートも充実しており、景色を楽しみながら、軽食や休憩にも利用できるカフェである。

          眼前に河口を望むテラス

シジミのクラムチャウダー

          季節限定の牡蠣フライ
 昼食後、石巻出身の知人と偶然お会いしました。その際、近隣に太平洋に面した断崖が特徴的な観光スポット「神割崎」を紹介されました。カフェから車で約15分の距離とのこと。早速見学することにした。

三陸復興国立公園 名勝 神割崎案内板

 案内板によれば、「神割崎」という名称はかって浜の人々が土地争いをしていた際、神が一夜にして巨大な岩を真っ二つに割って境界を示したいう伝説に由来している。岩の割れ目の幅は数メートルに及び、荒波が打ち寄せるたびに轟音が鳴り響く様子は、非常に迫力がある。通常は穏やかな海であるが、当日は写真の様に大波に遭遇し、轟音を体感することができた。さらに、階段を降りと岩の間から波飛沫が押し寄せていた。

荒波の神割崎海岸

 最後に神割崎の波に相応しい、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノバの名曲『WAVE:波』をお届けして終わります。今回は私の好きなジャズピアニスト、ビージ・アデール(B. G Adair)のエレガントで華麗な演奏と美しいビデオ映像をお楽しみ下さい。演奏は下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=xB2GylsaUNo&list=RDxB2GylsaUNo&start_radio=1



再びやってきたかわいいリス達2026年02月25日


 私の住む作並は、熊・猪・狐・狸等が出る自然豊かな環境にある。中でも「リス」は毎朝我が家の窓辺に出現し、楽しませてくれる。
 最初にリスが現れたのは2008年12月28日のことである。作並は仙台市に位置しますが、山形方面国道48号線を南に少し入ると山形県並に雪が降ることがある。これを機に、私は三脚を用意し、一眼レフカメラで待機し、シャッターチャンスを待った。以下に、可愛いリスを紹介する。 
 2008年12月28日撮影リス
 リスは「クルミ」を好物として食用し、成長する。このため、リスを楽しむには「クルミ」の調達が不可欠である。9月になると、毎年1年分のクルミを調達するため、クルミ採取に大忙し。河原や林に落ちているクルミを採取する。

 クルミの実を腐らせて種を取り出し洗浄し、乾燥させて保存する。

           拾い集めたクルミ

 腐られせて種を取り出す作業
 クルミは脂肪が多く、冬を越すための栄養となる、非常に栄養価の高い食物である。食べ方は5m以上の木の枝に幹を背にして両手でクルミを持ち、割って中身を取り出して食べる。
          2010年4月1日撮影のリス
 食べ終えた後は、殻を捨て、次の餌を求めて走り去る。

食べ終えた後のクルミの殻

 リスはクルミを土の中に埋めて保存する習性がある。これを「貯食(ちょしょく)」と呼ぶ。リスは全ての貯食場所を覚えていないため、忘れられたクルミが芽を出し木になることがある。リスは森づくりを手伝っているのである。

 リスの天敵は空から襲うワシ・タカ・フクロウ、カラスで狙い木の上と言えども油断禁物である。 

 東日本大震災が発生したにも関わらず、2011年6月26日元気に姿を現した。

 しかし、これがリスの最後の出現となり、突然姿を消した。震災による地形の変化や大気の影響等が考えられる。いつかまたクルミを求めてやってくるリスを願うばかりであった。

 その後2018年1月8日の朝、庭を観察していると、なんと7年振りにリスが出現したのである。クルミを求めてやって来た。

2018年1月8日撮影リス

 しかし、再び突然姿を消した。天敵によるものと推測される。

2025年の夏頃、ある日、リスが庭の木に登ったり駆け回ったりしている姿を見かけた。以前蓄えてあった古いクルミをベンチや木の根元、枝につるした餌ザルに10個づづ置き、リスがやってくるのをひたすら待っていた。

 すると10月 頃から毎朝薄明かりの中、クルミを求めて2、3匹が食べたり貯食したりして現れる様になった。

  落葉後、動きの早いリスをなんとかスマホで撮影することが出来た。以前のリスと異なり、俊敏なリスを撮影するのは至難の業である。已む得ず動画で撮影。動画から静止画に変換したので鮮明さにかけますが紹介する。

          025年12月27日撮影のリス

  晴天の日には、活発に活動し、餌カゴが空になるまで滞在する。12時頃になると、どこかへ移動する様になった。なお、リスが1日に食べるクルミ量は、大きさにもよるが、1~2個程度と言われている。しかしながら、我が家の庭に現れるリスは、上述のクルミの殻の量から推測すると、より多量のクルミを食べている様に思われる。

2027年2月17日撮影のリス

 この様に再び我が家に戻ってきたリスを鑑賞できるのは至福の一時である。

  最後に願いかなって戻ってきた「可愛いリス」にちなんで、Lover Come to Me (恋人よ我に帰れ)をお届けして終わります。もともとは、パティ・ページやナットキング・コール等のLove Songとして知られているが、今回は私の好きなVenus Recordsの「New York Torio 」ビル・チャラップ(Pf)、ジェイ・レオンハート(Ba)、ビル・スチュアート(Drs)のトリオによる演奏をお楽しみ下さい。下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=zf2gRwGUb4A&list=RDzf2gRwGUb4A&start_radio=1



相馬野馬追出陣の地「相馬中村神社」を参拝する2026年01月04日


           相馬野追出陣
 今年の干支は「午」、後期高齢者の私の干支である。今年は何事も午く行く様に、混雑を避け1月3日福島県相馬市の中村神社を参拝した。相馬市中村神社は、相馬市中村に鎮座する由緒ある神社で、相馬地方の総鎮守として長い歴史を有している。また、400騎の騎馬武者が集う国の重要無形民族文化財である日本最大級の馬の祭典「相馬野馬追」の出陣地として広く知られている。

 創建は平安時代初期、延暦年間(8世紀から9世紀初頭)と伝えられ相馬氏の祖とされる平将門の祭神の一柱として祀る点に大きな特色がある。戦国時代から江戸時代にかけては相馬中村藩の歴代藩主により厚く崇敬され、社殿の造営や修復が行わた。現在の社殿は江戸時代の様式を基調とした簡素で重厚な佇まいを保ち、武家文化の美意識を今に伝えている。境内は市内の中心地にありながら、静謐な雰囲気に包まれている。

中村神社境内入り口 狛犬ならぬ御神馬<右松の後ろ>

          中村神社入り口に鎮座する2頭の御神馬

横から見た鎮座する御神馬

          急勾配の本殿

階段手すりに付属する多くの馬の胸像

 帰りは傾斜の緩やかな階段で降り、中村神社を後にした。

 最後に、お正月に相応しい宮城道雄の「春の海」をお届けして終わります。

本来なら「琴」と「尺八」の二重奏で有名な曲ですが、今回は私の好きなEuropean Jazz Torioの演奏によるモダンな Haru no Umi(Spring  Sea)をお楽しみ下さい。演奏は下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=B7KagcuQFAo



仙台市で開催された「山中千尋トリオ クリスマス・ジャズライブ」を聴く2025年12月20日


 昨夜、仙台市青葉区にある「日立システムズホール」で開催された「山中千尋トリオのクリスマス・ジャズライヴ」を鑑賞した。私にとっては、2010年8月に福島県国見町観月台市民文化センターで行われた「里帰り」公演以来15年ぶりである。国見には祖父母が住み、チケット購入時に祖父が「千尋をよろしく」と語っていた記憶が蘇った。彼女は福島との縁が深く、同年3月には出生地・郡山市からフロンティア大使に委嘱されている。

2010年国見町で開催された山中千尋のポスター

 山中千尋はニューヨークを拠点に世界で活躍する、日本を代表する女性ジャズ・ピアニストである。これまで発表したアルバムは、いずれも国内主要ジャズで首位を獲得してきた。日本人として初めて米メジャー・レーベルのデッカ・レコード(ユニバーサルミュージック傘下)と契約し全米デビューを果たしたほか、2004年には日本人初のカーネギホール出演を実現するなど、国際的評価も極めて高い。ダイナリズムな表現力と超絶的な技巧、ジャズの伝統を踏まえつつも大胆な再構築を行う演奏スタイルを特徴とし、2015年9月には、バークリー音楽大学の助教授にも就任するなど、教育面でも存在感を示している。

 当日のコンサートはベース「吉峰勇二郎」、ドラムは「橋本現揮」とのトリオ編成で行われた。

冒頭はイリアーヌ・イリアスの「Impusive」で幕を開け、次いで2001年のデビューアルバム澤野工房から発売された「Living Without Friday」収録のオリジナル曲『Beverly』を披露。さらに、近藤真彦の「Sneker Blus」や、クリスマスにちなみ大幅なアレンジを施した「Have Yourself a Merry Christmas」、「Jingle Bells」が演奏され、独創的なアレンジが印象に残った。前半の締めくくりは、アントニオ・カルロスジョビンの「Desafinado」が選ばれ、洗練されたボサノバの世界観を提示して休憩に入った。

 後半は最新 アルバム「Ooh-La-La」収録のセザル・カマルゴ・マリアーノの「Crumin」から始まり、ステーヴィ・ワンダーの「 You are the Sunshine of My Life」、久保田早紀の「異邦人」と幅広い選曲が続く。さらに、2021年に急逝したチック・コレアの代表曲「スペイン」では観衆の手拍子が加わり、会場が一体となり高揚感を生み出した。

 フィナーレは山中のライヴの定番曲「八木節」で締めくくられ、アンコールは、アントニオ・カルロスジョビンの代表作「A Girl From Ipanera :イパネラの娘」が演奏された。エッジの効いたインプロビゼーションを聴かせる「山中」、体を揺らして楽しそうに演奏する「吉峰」、リムの音を響かせながら二人の音に応える「橋本」と三者の息の合った演奏に大きな拍手の中で

終演した。本公演はデビューから20年にわたる山中千尋の歩みと音楽的なルーツ、そして原曲の枠を超えて再構築する姿勢を総合的に体感できる内容であった。

 最後に今回のコンサートでも演奏された皆様もご存知の「八木節」をお届けして終わります。八木節は、群馬県・栃木県の二県に渡り、愛されている俗謡・盆踊りの唄である。桐生市で15年間過ごした彼女にとっては八木節は地元の曲であり、毎回欠かさず披露するほど特別な思い入れのある一曲である。見事にジャズ風にアレンジされた演奏をお楽しみ下さい。演奏は下記URLをクリック願います。演奏は下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=IBqCrXr2_9I&list=RDIBqCrXr2_9I&index=1






2年振りに開催された オーデイオフェア ー2025 NODAYA Audio & Hometheater Fair ー2025年11月26日

 先日、仙台で開催された「2025 NODAYA Audio & Hometheater Fair」に足を運んだ。2年ぶりの開催となるこのイベントは、国内外の著名メーカー40社が集結する東北最大級のオーディオ&ホームシアターフェアで、オーディオ銘機賞の受賞モデルや最新の製品、注目の話題機が一堂に並ぶ、非常に充実した内容だった。会場1階には、多様なオーディオ機器やアクセサリー、新品のほか展示品・アウトレット品、さらに中古・新品レコードやCDが揃い、来場者が手に取って楽しめる雰囲気が作られていた。

 2階には本格的なハイエンドオーディオの試聴室が10室設けられ、各室は15人ほどを収容。各メーカーが自慢のフラグシップ機を用い、担当者が解説しながら約50分間じっくり試聴させてくれる構成となっていた。私はそのうち4つのブースを回り、普段では味わえない高品位な音の数々を体験した。

 最初に訪れたのは、2014年にギリシャで設立された新興ハイエンドメーカー「PLIUM(ピリウム)」のブースである。日本ではまだ馴染みが薄いが、同社は妥協なき設計思想を掲げ、世界中から厳選した部品を集めて高精度なアンプを製造している。製品名も「ALEXANDER」「HERACULES」などギリシャらしさが漂い、初めて耳にするその音は力強さと透明感を兼ね備えており、新鮮な驚きを与えてくれた。

ギリシャPLIUM社アンプとフランスのAudioNec社の高級スピーカー

 次に試聴したのは、日本のハイエンドを代表するTADのブースである。パイオニアのトップ開発プロジェクトを母体とする同社は、技術力の高さで世界的に評価されている。今回は、自社の高級アンプと最新フロア型スピーカー「Evolution One」を組み合わせたシステムを体験。緻密で正確な音像、自然な空気感、堂々とした佇まいが印象的で、まさにTADの技術が凝縮されていた。

白いフロア型「Evolution One」とウッド調「Grand Evolution One」

 三つ目はD&Mのコーナーで、MARANZが近年発売した最高峰モデル「10シリーズ」を試聴した。プリメインアンプ、ストリーミングプリアンプ、SACDプレーヤーが揃い、英国Bowers & Wilkinsの高級スピーカーと組み合わせることで、極めて上質な音の世界が展開された。豊かな情報量と落ち着きある音色は、まさにラグジュアリー・パフォーマンスという言葉がふさわしく、長年のファンにも新鮮な感動を与える内容だった。

         Maranz モデル10シリーズ & B&W スピーカー

 最後に訪れたは、現在最も関心のある高音質のHi-Res(AMAZON Music HD、Spotify、Qobuz等)のサブスクミュージックのネットワークオーディオ関係ブースである。ここでは、ハイレゾ再生の第一人者である土方久明氏が登壇し、Hi-Res音源とネットワーク機器の関係について講演した。一般家庭用ルーターはノイズの影響を受けやすいが、オーディオ専用ルーターや高品質LANケーブルを使用することで、音の鮮明さやダイナミクスが大きく改善するという内容で、実際の比較デモでは想像以上の効果を体感できた。ハードだけでなくネットワーク環境も音質に直結することを実感し、サブスク時代のオーディオの奥深さを改めて認識した。

機器を用いて解説する土方久明氏(右側)

   最後にオーデイオフェアの各ブースで紹介されたJ-POPの名盤 竹内まりやの「告白」をお届けして終わります。

下記URLをクリック願います。

https://www.youtube.com/watch?v=tOkyxchJArk&list=RDtOkyxchJArk&start_radio=1